名古屋探偵と人探しにまつわる話

探偵をしていると実にいろいろな話を聞くことになるのです。

探偵の仕事をするまでは、そこまで人の人生の話を聞くことになろうとは思ってもみなかったのですが…。

まずは、父親の酒癖が原因で母に置いて行かれた人の話。

大好きだった母は私が小学3年のときに私と妹をおいて家をでていった。
大分から名古屋に嫁いできた母。もうずっと昔のこと。なのに、ふと母のことを思い出すだけで涙がでる。私は小さい頃から妹との二人姉妹だったため、長女の私がこの分家を継がなければならないと口癖のように聞かされていた。なにも分からない私は大きな返事でうん!と返していたのを覚えている。その返事で母がすごくうれしそうな顔をしていた。

母がこの高校に行けるといいねーと小学生のころから言っていたので、勉強して合格した。短大にいき、この会社に就職できるといいねーという会社を受けて就職した。それらを母のいいなりだったとは思っていない。母が私の為に道しるべを作ってくれたといまでも感謝している。

それからのこと。父の浮気と酒癖の悪さで母は逃げるようにでていった。なぜ私たちを置いて行ったのかは不明だ。当初は見捨てた母を恨んだりもした。

妹と母を探しにいこうとも考えた。となると、母の生まれ故郷の大分に行けば母にもしかしたら会えるのかも…しかし、名古屋から大分は果てしなく遠いことだけは小学生のわたしにもわかった。だから、探しにも行けずに、わたしと妹は暗い顔をしながら毎日を過ごしてきた。それに見かねた祖母から、私たちはお父さんといるほうが金銭的にも苦労せずに生きて行けるからという理由でお母さんは泣く泣くわたしたちを置いて行ったのだと聞いた。

小さい頃、両親は共働きだった。おそくまで保育園に妹と二人で母を待っていた。

でも、保育園の先生はとてもやさしく面倒見てくれたので寂しい思いはなかった。そして、母が仕事着姿でにこにこ顔で迎えにきてくれて近くのショッピングセンターで買い物をする。買い物が終わってからかならずアイスクリームを買ってくれた。それが毎日の日課だった。

祖母は母が出て行ってから、一緒にわたしたちと住んでくれるようになったのだが、母がいた当時は、家事の全ては母が一人でこなしていた。父は帰りも遅かったため。

母が頑張り屋さんだったということを知ったのは、私が成人して仕事をし出したときのこと。買い物先で偶然に再会した母と長年の親友だった女性から聞いた。その女性とはちいさいころからよくうちに遊びに来てくれたり、誕生日プレゼントやお年玉をくれる大好きなおばちゃんだった。だからわたしは覚えていたんだと思う。

わたしはそのおばちゃんに母の事を聞いた。こんなところで長い年月が経った今日、偶然に再会したのだから、わたしはこれは母を探し出せるというお告げかなんかだと思ったからだ。

私ができたときは、母も23歳、父も20歳と若かったため、2人の収入も少なかった。

なので、母が産後すぐに働きにでた。わたしは保育園に預けられた。その働き出した会社で母とおばちゃんは出会ったのだ。ボロイアパートに共同風呂と共同トイレ。私の沐浴はちいさい簡単な台所でバケツでされていた。そのおばちゃんはいろいろ教えてくれた。

母の頑張り屋さん、気が強いところ、正義感がものすごく強くて、でも情にもろい。おばちゃんも、わたしたちを置いて家を出て行ったことはものすごく驚いていたんだ。考えられなかったと…

しかし母と親友だったおばちゃんの話からも、母とはところどころ疎遠になったりなどで母のことを全て知っているということではなかった。父自身も結婚する前の母をほとんど知らない。父と母の結婚式には母が幼少のころに離婚した父だけが参列しただけだったそうだ。いまの父には母のことは絶対聞けない。父も母がでていってからは自分の過ちを反省したのか本当に私たちによくしてくれた。全ての罪を償うかのように。

父を恨んだこともあったけれど、父を恨んでも仕方ないし、でも母がでていった事実とわたしたちのことをどう思っていたかを知りたいだけなんだ。

私は母の両親に会ったこともないし、物心ついたときに、私にはおじいちゃん、おばあちゃんはいないの?と母に聞いたところ、「ずーっと昔に二人とも亡くなったのよ。お母さんと血のつながっているのはあなたたちだけ。」と聞いていた。

その言葉をいま考えるととても寂しい気持ちになる。母はずっと孤独を感じていたのだろうか…。

それに気づいたのはわたしが大人になってから。子供の頃はなーんにも考えずに、母に対してなぜわたしたちを置いてでていったのかを模索する毎日だったんです。

現在の母に会いたい。その思いはわたしが子供をもったころから日に日に強くなっていった。なので、わたしよりもしっかりした冷静沈着な妹に相談をしたら、探偵業者に依頼してみるとなにか調べてくれるかも!と。妹もなんだかとても張り切っている。やはり妹も母のことを気になっていたんだろう。でも、だいぶ昔にいなくなった人探しなど探偵が引き受けてくれるのかという不安もあったし、変な探偵に騙されたらどうしようかという思いもあった。

しかし、ネットで調べてみると名古屋の探偵事務所で引き受けてくれそうな事務所を発見した。なのでダメもとで電話をしてみた。すると感じのよさそうな女性がでてきた。ちょっとびっくり。ちゃんとした事務員さんのような対応だったから。一通りわたしたちの気持ちというか願いを電話で話をすると、見積もりを持って私たちのところまできてくれるとのことだった。わざわざ来ていただけるのがとても好印象だった。小さい子供がいるわたしにとっては。

探偵調査員の方と電話でお話をさせていただいてから3日が経ったとき、携帯に探偵事務所から電話が入った。今週土曜日に別件で名古屋へ来る用事があるそう。私ともちろん妹も同席のもと直接調査員の方と会う事になった。

一通り調査員の方に御挨拶をさせていただい他後に、調査員曰く、「全力でお調べいたします。見積もり内容を確認していただいてご姉妹でよくお考えになってからご検討下さい。」とのことでした。料金は1週間パックで20万円程度だった。払えない額では無かったので妹とその場で話し合い、「お願いします。」と調査員に伝えた。

たった1週間でずっと昔に所在不明である母を探し出せるのかいう不安はあったが、これはもう探偵事務所の調査員を信じるしかない。
土曜日になり少し緊張しながら、妹とあるカフェで探偵事務所の方を待った。しばらくすると、見た目が少し大柄で怖そうな男性とそれとは対照的に清潔感あふれるスーツ姿できれいなロングヘアが印象的な小柄の女性の調査員がきた。

探偵の調査結果ですが…

待ちに待った探偵事務所からの連絡が入った。調査結果が出ました…というものだった。

この1週間は長いようで短かった。また、こちらにきてくれるそう。小さい子供がいるわたしには本当にありがたい。結果がどうであれ、探偵の方たちには感謝の気持ちでいようと思った。

数日後の土曜日、以前と同じカフェで調査員の方と待ち合わせをした。わたしも妹もとても緊張していた。調査員の方が来られた。そして調査員の方から母がみつかったという第一声だった。しかし、女性調査員の方の口調はなぜだか重い。

調査員の方の口調が重かったのは…母は7年前に病気で亡くなっていたとのこと。

わたしと妹は顔を見合わせた。亡くなっているとは考えてもいなかったからだ。

母は京都に移り住み一人で生活し、一人で死んでいった。私たちを置いて出て行ってからは、京都でスーパーのレジ打ちで生計を立てていた。なんと、別れた父方の祖母に私たちへと少額の生活費を送っていたそう。私たちがちゃんと元気でやっているかどうか気になってしょうがなかったため、たまの仕事の休みがとれた際は、内緒で私たちの様子をみにきていたそう。それは後に知る。

調査結果の続き…

母が生前住んでいたアパートの大家さんが本当に良い方で、亡くなった母の葬儀も質素ながらしていただいたそう。母の遺品も少しだが現在まで保管していてくれたそう。もしかしたら母を訪ねて誰か身内の方が来られたときのためにと。しかし探偵の方が来られたことに多少驚いていらしたそうです。調査員の方は大家さんの心遣いが本当にありがたかったですねとおっしゃっていました。少しの遺品の中には生前母のつけていた日記があった。私と妹は調査員からその日記を頂いて自宅へ帰ってから二人で読んだ。

探偵調査員の方から預かった、母が生前につけていた日記。日記の表紙の母の綺麗な字がとても懐かしく思えた。小さい頃、母の字を真似てわたしも字を書いていたから。

しかしわたしと妹は多少その日記を読むことに緊張していた。もしかしたら、わたしたちのことを嫌って置いて出て行ったのではないか、または他に好きな男性ができたためわたしたちが邪魔で置いて行ったのかもしれない…という悪い結果ばかりを考えてしまう。

妹と、どんなことがこの日記に書かれていようがわたしたちのお母さんはお母さんだからね…と話し合って日記を読み始めた。

浮気をして母にひどいことをした父に対して母は父を恨んではおらずに結婚生活は幸せだったと記されていた。そして、置いて行った私たちには本当に申し訳ない事をしてしまったという謝罪・後悔の言葉が毎日のように記されていた。そして私たちの誕生日には毎年毎年プレゼントを送ってくれていたらしい。あのこたち、プレゼントは喜んでくれたのだろうか…ということが記されていた。それとは別にわたしたちのために少額の生活費も。

母は自分のバイト代がでると母は電車を乗りついで、私たちが二人で仲良く外で遊んでいる姿など、これといった長い時間ではないがほんの少しの時間だけのために今日も二人を見れて幸せだったと。私たちが入学や卒業という節目のときも母は静かにどこかで見ていたそう。日記を読み終えると妹と二人で号泣した。母は私たちを置いて出て行ってから死ぬまでずっと私たちのことを思っていたという事実を知れたことに、わたしたちは本当に良かった。そして調査をしてくれた探偵調査員の方には本当に感謝をしている。

 

居所調査の依頼が入りました。

40代の女性からのご相談です。

御主人が自宅をでていってしまい、どこかに住んでいるだろうから、居場所を調べてほしいという内容でした。

そのご夫婦には一人息子さんがいるようですが、障害をお持ちらしく、御主人はその息子さんに幾度なく暴力を振っていたらしいのです。

しかし、奥様も止めることができなかったみたいでした。そして、御主人は奥様とその息子様を置いて、家を出て行ったらしいのです。

なんて男だ…。

奥様としては、居所を調べてもし浮気・不倫をしているようなら、離婚手続きをし、親権を手に入れて、慰謝料を手に入れたいというもの。

障害者の子供がいるため働くこともなかなか難しいらしいのです。

生きて行く為に、慰謝料が必要なのだということです。

了解しましたとお伝えしました。御主人の勤め先を聞きましたのでさっそく調査開始しましょうか。

家をでていった御主人の居所調査の結果が出ました。

終了しました。御主人は、奥様が知っていた勤め先を退職されており、別の土建会社に勤めておりました。

その土建会社では月収は50万ほどであることがわかり、20代のキャバクラの女性と同棲をしておりました。つくづくとんでもない男ということがわかりました。

これはさっそく離婚の手続きをし、慰謝料・養育費を請求できるように山ちゃんの知り合いの弁護士にお願いする事となりました。

奥様はこうおっしゃっておりました。

”息子が自分が普通の子供じゃないから、自分のせいでお父さんは出て行ったの?と毎日心配しておりました。わたしはこの言葉を聞いて涙が止まりませんでした。でも今回、調査をしていただいて主人が心底最低な男だったということが分かり、わたしも気持ちの整理がつきました。息子に手を上げていた主人が恐ろしくてとても怖かったんです。息子には謝りました。守ってやれなくてごめんなさいと…。これからは息子と二人で穏やかな毎日を過ごしていけたらと思います。弁護士さんもご紹介して頂き本当にありがとうございました。”

障害者の子供に暴力をふり、そして若い女と浮気をする御主人になんだかの天罰が下ればいいなと心底思いました。

こんな 話を聞いたことがあります。

“私の父は癌で亡くなってしまいました。仕事一筋で、結構厳しいくて、頑固な父だったのですが、そんな父でも、時折みせるやさしさがとても好きでした。
母は私が物心が付く前からいなくて、父は男手一人で育ててくれました。仕事で父がいない日はとてもさびしかったのですが、父は休みの日には思いっきり私のために遊んでくれました。色々なところに連れて行ってもらったり、色々なところで遊んだり、父との思い出はとても大きかったです。そんな父に癌が発覚してから、父に恩返しのつもりで、父の介護を一生懸命しました。父がなくなったあと、父の遺品を整理していたとき遺言書が出てきて、その遺言書には私には生き別れになった兄弟がいるということを知りました。その兄弟は母が出て行くときに連れて行ってしまったということで、その遺言書に書いてあった兄弟と母を是非とも捜してもらいたいと思い、探偵社に頼みました。とても親身になって私の話を聞いてくれて、私の兄弟を探してくれることを約束してくれました。それからしばらくしてから探偵社から電話があり、私の兄弟が見つかったということでした。電話が来たあとに、探偵社の方から聞いたところによると、兄弟も私のこと探したかったけど、母の手前なかなか捜すことができなかったということでした。しかし、探偵社の人が私が探していることを教えたところ、是非とも遭いたいといって、私は生き別れになってから、実に何十年ぶりかで再会することができました。父が死んだことや、今までのことなどを話をすることができて、私はとてもうれしかったです。”

探偵って、そういう人の人生の節目節目に関わる仕事なんだな~って、つくづく考えさせられます。

また、こんな話も…。

私の大切な人が私の前から消えた。もう現れないのかもしれない。元気でいてくれさえすればいいけど。なぜあなたは消えたのですか。いつもの生活リズムを壊してまで私の前から姿を消さなければならなかった。好きなバドミントンまで休んで、どうしてそこまでしなければならなかったのですか。あなたがどう思ってそうしたのか、いろいろ詮索しても答えは出てこない。人探しはこれで終わりにします。人にはいろんな事情があって、その時々に良かれと思い、人生の岐路を選択して生きているんです。探偵さん!探偵事務所に依頼してみえる内容には暗いものが多いですか。そんなイメージが強いです。やはりいろいろ悩んで探偵事務所の門を叩かれると思うのですが、行き着くところは、心がすっきり晴れた状態に結末が来ることですね。
私にもいろいろあります。好きになってはいけない人を好きになって、どうしてもその人が欲しくてあれやこれやと試みてみる。どうしようもないことってあるんです。いつまでも思ってみてもしようがない。いい加減にわからないといけない。今後はこの失敗を教訓にして、人間的にも成長できたらと思います。でも、それは常識的に生きるということではなく、考え方はいろいろあるから、決して自分の考え方だけがすべてではないということ、すべてを受け入れられる人になる。が、何でも言うことをきくとはまた違う。自分の主張もしながら相手も受け入れる。こんなとりとめもない、何が言いたいのかわからない文章、未熟ですみません。思いつくままに綴ってしまっています。自分の中でも何かしら中途半端です。いつかこれがすっきりした文章を綴れる日が来ることを願って、私は文章作成を続けます。
探偵事務所に訪れる人たちにも、心の晴れる日が来ることを願って。いったんは閉じます不倫の結末は、男は家庭に戻り、女はすべてを失う。まるで悲劇の主人公のように。
だからといって、私は不倫を辞めなさいとは言わない。人を好きになることは死ぬまで続いてもいいと思っている。傷ついても、必ず未来はあると。たとえなくても後悔はしない。何がそこまで私を強くさせるのか。負けず嫌いと執念?ここで断念したら私は負ける、そんな思いが根底にあるのか。
頑張って生きよう!へこたれたら立ち直り、前へ進む。人探しから始まった不倫の話。去る者は追わず。人探しは終了です。

また、こんな話も。

久しぶりに会った小学生の時の友人と男同士で飲みに行き、卒業以来の他のクラスメイトとの連絡はどうしているのかなどを話していくうちに、その時の恩師とクラスメイトで同窓会を行うことになりました。
クラスメイトは連絡がついたのですが、肝心な恩師の連絡がまったくつかず、手がかりが一切なかったので友人の勧めで、探偵社へ恩師を探してもらうことにしました。
相談を無料でおこなっていて、メールや電話などで相談してから専門の相談員の方がさらに詳しく相談にのってもらえたので、とても親身になってもらえ好印象でした。
クラスメイトはほとんどの人数が集まり、あとは恩師のみだけだったので幹事になった友人とどうしたら良いのか困っていた所だったので、探偵社に依頼することができて助かりました。数日後に電話があり、恩師が見つかったと報告された時にはとても感動して、こんなに早く見つかるものかとびっくりしました。探偵社で依頼をしなければ、恩師のいない同窓会になってしまっていたので依頼をしてから、もしも見つからなかったり時間が掛かってしまったりしたらどうしようかと思っていましたが、本当に早い対応で依頼を受けてもらえたので良かったです。無事に同窓会を開くことができて、久しぶりに恩師とクラスメイトが皆で集まることができたのも、探偵社のおかげで、依頼してからとても早く見つかったことを皆に言うとクラスメイトもとても驚いていました。
自分達で探していたら、いつまでたっても見つからず結局は同窓会も集まらないで話だけで終わってしまったと思いましたし、何よりも先生がとても喜んでいて、依頼して探してもらって素晴らしい同窓会になったのと良い思い出になりました。
探偵事務所などは今までは体験したことがなく、初めての相談の時は少し緊張してしまいましたが、相談員の方がとても良い方で親身になってこちらの相談を聞いてもらえ、話しやすい方でしたのでこちらもリラックスして話ができたのが良かったです。
今までで1番楽しかった同窓会になりました。

このような依頼も受けました。

今回の依頼者は、女性 20代 会社員 依頼内容は、気になっている男性がどの場所に出入りされているのかのご依頼でした。

こちらの女性、見た目はおとなしそうですごく純粋そうな方です。その探し出してほしい男性のことは名前くらいしかわからず、もちろん連絡先もわからない。なんとかして、偶然を装い、その男性がよく行くお店でばったり出会い仲良くなりたいとのこと。なかなかの恥ずかしがり屋さんだなーと思いつつ、このようなご依頼をするということは、男性のことがかなり気になっているのでしょう。

このような調査は少しずつ増えてはきています。ただ、事件性などになる恐れがないかを考慮してお断りさせていただくことも多く有ります。依頼者とその当事者との関係性が肝心であり、恋心がストーカーに変身することも珍しくありませんから。

ということで、今回は純粋そうなご依頼のようにも思いましたが、お断りをさせて頂くことになりました。

 

また、自分の探偵社に依頼があった訳ではないのですが、こんな話を聞いたこともあります。
高校生の娘が家出をしました。最近、娘の帰りが遅いので注意したところ、怒ってそのまま家を飛び出してってしまったのです。何も持たずそのまま出て行ってしまったので、少し頭を冷やしたら家に戻ってくるかと思っていましたが、次の日になっても娘は戻ってきませんでした。娘の友人のところに電話をして聞いてみましたが、「うちには来てないよ」というだけでどこにいるか全く居所がつかめません。大騒ぎをしても子供のために良くないかと思い、いろいろ考えましたが、友人の知合いの探偵社に依頼して家出人を捜索してもらうことにしました。探偵社に依頼することになるなんてと思っていましたが、依頼して3日後、居所をつかんでくれました。私たち親が知らない先輩の家に身を寄せていたようです。怒って家を飛び出してしまった手前、帰りづらくなってしまったということでした。その話を聞き、第3者に依頼して良かったと思いました。探偵社の方は私たちが心配していること、そして子供のことを大切に思わない親はいないということを話してくださり、家まで連れ帰ってきてくれました。
たとえ親子であっても分かり合えないことは多くありますよね。こんな時に親子の間に入って第三者がいてくれて、私たちはラッキーだったのかもしれません。

人探しは本当にさまざまな場面で行われているのだなと思います。

大学生のころ、私にはとっても大切で大好きな彼がいました。しかし、その彼とは、私のわがままや自己中心的な性格のせいで別れることになりました。
そして、私たちはそれぞれの地元で就職し離れ離れになり、もうどこにいるのかもわからなくなってしまいました。
しかし、私は元彼と別れてからも、ずっと元彼のことが忘れられず、いつも思い出しては泣いていました。別れたときに、おもいきって携帯の連絡先も消去してしまったので、まったく連絡をとることができませんでした。
そして、私はあるとき、探偵社に元彼の調査を依頼しました。元彼は、探偵社の調査結果によると、地元の会社に就職していました。そして彼は今は付き合っている人も結婚している様子もないと調査でわかりました。そこで私は思い切って、彼の仕事先の近くまでいくことにしました。そして、会社が終わったあとの彼に会うことができました。私は、この日のために半年間ダイエットを頑張り、美容院にもいって、彼に今度こそは似合う女になろうと努力してきました。そして、久しぶりにあった彼は、私の変貌ぶりに驚いていましたが、こころよく話してくれました。そのあと私たちは喫茶店へ行ってしばらくおしゃべりをしました。付き合っているときと変わらない優しさと笑顔に再び出会えて幸せでした。あの頃の私たちはまだ若すぎて、勢いだけで別れてしまったけれど、今でもずっと大切に思っていることを伝えることができました。探偵社さんのおかげで、再びこうしてまた出会うことができました。これから二人の関係がもとに戻るかはわかりませんが、こうして彼に会えて、自分の想いを伝えることができました。これからもきちんと彼と向き合っていければと思っています。

家族が失踪する事って、あるんです。

こんな話も聞いた事があります。

私の父は30年前に失踪しました。それから、母は一人で私を育ててくれました。
まだ、私は幼かった為、失踪の理由は知りませんでしたが、高校生頃に親戚のオバサンから失踪理由を聞きました。失踪の理由は父の浮気でした。よくある話です。父が女の人と逃げたそうです。数年後、母と正式に離婚し、父はその女性と再婚したと私が成人してから母に聞かせれました。再婚相手との間には子供もいるそうです。私にとっては異母兄弟ですが、会いたいとも思いません。私たち親子を捨てた人の子供など知りたくもないし、会いたくもないと恨んでいました。恨んでいる気持ちは今でも変わりません。母は一人になってから大変苦労しました。その姿を長年見ていた私には恨みしか持つ事は出来ませんでした。
しかし、母は絶対に悪くは言いません。母は父から毎月送金してもらっていた為、定期的に連絡は取っていたそうです。しかし、私が20歳になった時に送金は終了し、それから父とは全く連絡を取ってはいません。母も今、どこにいるかは分からない様です。私は知る必要も無いと思っていました。しかし、母は病気になってから父の話をよくする様になりました。会いたいと言って来る機会も多くなりました。正直私は会う必要は全く無いと思っていましたが、とうとう母が危篤となってしまった為に探す決意をしたのです。最初は一人で探そうと思いましたが、やはり一人では無理がありました。そこで、人探しのプロに依頼したのです。
評判が良い探偵社で、私の友人も相談したことがあるそうです。早速、探偵社の方と相談し、私の知っている情報を全てお話しました。私が20歳の時で居場所は途絶えています。
職業も変わってしまったそうです。探偵社の方には少し時間がかかるかもしれないと言われました。出来れば、母が生きている内に会わせてやりたいので、間に合うか不安です。
見つかるまでに2ヶ月かかりました。母は危篤だったのですが、何とか持ちこたえて再会する夢が叶いました。母が本当に嬉しそうだったので、依頼して本当に良かったと思いました。それから、間もなく安らかに母は亡くなったのです。最後に母の思いを叶えてやれて良かったです。

こんな話も。

結婚式を当日にドタキャンされてしまいました。時間が迫ってきてもなかなか現れなかっので、電話やメールをしてみたのですが全く応答が無く、住んでいたアパートに行ってみたところ、すでにもぬけの殻となっていました。当然、結婚式は中止となり、その後も音信不通状態が続いていました。しかしながら、結婚式をドタキャンされてこのままでは納得が行かないので、なんとかして探し出して話を聞きたいと思い、利用した人の満足度が高くて評判の良かった探偵社を利用してみることにしたのです。このような話を人にするのはと思っていたのですが、まず親身になって聞いていただけたこと、無料相談をすることが出来たことで、これまでの経緯や今後のことについてじっくりと話を聞いてもらうことが出来ました。気になる料金についてもわかりやすい見積もりを出してもらえたので、安心して調査を依頼することが出来ました。探偵社に調査してもらった結果、音信不通だった婚約者も見つかり、その後話し合いをすることも出来ました。こんなことが実際に起こるなんて本当にショックでしたが、ドタキャンの理由など真実を知ることが出来てよかった。そんなことがあってから、もう何年経つでしょうか。未だに傷は癒えていませんが、そろそろ前へ踏み出す時なのかもしれません。

自分の所にこない依頼も数え切れないほどあるのだな…って思うのです。

人探しは人探しですが、頼るべきは探偵ではないのでは…という話を聞く場合もあります。ただ、話がしたかっただけなのかな…って言う感じ。

探偵は、人探しの枠を超えて、人生に迷っているひとの拠所的な場所なのかも知れないななんて思う事もある。

探偵さん!幸せになりたいのですが…

って話にきた女性。

少し、調査依頼の話ではないかも…とは思ったのですが。

毎日寒いし心も冷え切ってしまう季節で、春が待ち遠しい。いろんなことを考えても、まず「寒い」という言葉が出てしまいまう。もうすぐバレンタインというイベントがやってくるのに…何かをしようにも億劫になる。
クリスマスイブ、クリスマス、恋人同士のロマンティックな聖夜。何十年と生きてきて、思い出深い聖夜を迎えたことがあっただろうか。一年の世界的大イベント、恵まれたカップルには幸せなひと時だが、この聖夜なんてない方がいいと思う男女もいるだろう。幸せの二人にはなくてはならない聖夜かもしれないが、一人寂しく迎えなければならない男女には暗夜になる。一年の終わりにこのイベントはない方がいい。何とも寂しい夜だろう。クリスマス前日まではとても深く結ばれていたのに、いざクリスマス当日になって、「これはないよな。また一人かよ。」と、彼氏の心はなぜか彼女から離れていった。何がきっかけか、何が原因かよりも、「何で今なの?クリスマスが目の前に来てるじゃない!何で去っていってしまうの?」クリスマスの前だからいなくなってしまうのか?キリストがヤキモチを焼く?そんなわけない。つくづく幸せに恵まれない人だね。

なにかのセリフかと思うような話がしばらく続くのだ。

も少しだけ聞いてみよう。

私的物の考え方、男あるいは女としてこの世に性を受け誕生した以上、男子は女子を、女子は男子を慈しみ愛す。男は女を必要とし、女は男を必要とする。そして、結ばれるべき人と結ばれる。そう考えるのは、今の世の中“ナンセンス”なのだろうか。人を愛する前に自分を愛してしまう、そんな気がする。
何度も出会いと別れを重ね、出会ったときにはこの人が生涯ともに生きる人だと、出会うべくして出会った人だと思う。が、別れが訪れると、この人は出会うべきして出会った人ではなかったんだということになる。そんなことの繰り返しで、一体どこに出会うべき人はいるんだろう。多くの男性にモテるより、たった一人の人に出逢いたい。たった一人の人と生涯をともに生きたい。そこには、静かで平穏な日々、淡々としていても幸せを感じられる日々があるような気がする。そう考える人は世の中にどのくらいいるだろうか?
探偵さん、私の出会うべき人はどこにいるんでしょう?探してくださいな(^^;)

って、それを話に来たんか!?って突っ込みたくなるところではありますが、どんな依頼のきっかけになるかもう分かりませんので、じっくり話を聞く事をモットーにしている物ですからこんな話しを聞く事もよくあるんです。